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我々の年代は、
良くも悪くも自分には厳しく、人には優しく

の、コンセプトで育てられた。

これはある意味で正しいのかもしれない。

立派な人間は普段の行いから立派なものだ、
君子は一人を慎むなど、
人の見ていないところでの行いが人間を作るのだと。

日本という国はこれが当たり前、礼節を重んじ、
我々が小さい頃はそれなりの教育を受けてきた。

しかし、今の世の中は少し様子が違う。

それは、若い世代の言葉遣いにも如実に表れている、
『マジダリー、ウゼー、ヤベー、キモイ』

こんな風に表に出てきている以上、
もう時代は変わったという他ない。

我々のような、30代から40代のオヤジ世代は、
これを受け入れ、時代にマッチした生き方を、
模索しなければならない。

そうだ、今の世の中で、
自分に厳しく、人に優しくなどとやっていては、
下手をすれば精神崩壊する可能性もある。

今回の記事は一つの考え方として捉えて欲しいが、
10年後、今の状況が当たり前となる世の中で、
違和感なく生きていくために綴ってみたい。

時代によって考え方は移行する。

例えば、今の世の中で自分に厳しくすることは、
逆に自分を崖っぷちに追いやる危険があることは、
あなたも感じているに違いない。

こういった考えで生きている人の頭の中は、
おそらくこんな思考で一杯だ、

『ダメだこんな程度では、まだまだ俺は出来るはず!』

『結果が出たのは回りのアシストがあったお陰、
俺は何もやっていない。』

『またやってしまった。俺は本当に馬鹿な奴だ!』

この、どれもが自分の不甲斐なさを恥じ、
不足している自分自身を追い詰めている
感じがしないだろうか。

自分を愛しているとは言い難い気がしないだろうか。


自分を追い詰めることのリスク。


現代にはびこるリスクは、
非常に特徴的だ。

おそらく昔では考えも及ばなかったであろうことが、
今の現実にはあって。

心を病むケースが、
多発している

周囲からのプレッシャー、過度な期待から、
自分への攻撃。

うつ病などの心の病気は、
自分を追い込んでしまったことへの、
自分自身からの警告。

自分に厳しいことは、
今やリスクと化した。

自信に繋がる考え方とは?


考えようによっては、
追い詰められて発揮される能力もあるのかもしれないが、
それは常に自分を卑下するのとは少し違う。

あなたは、
野球漫画を読んだことがあるだろうか?

昔は、スポ根などという言葉で表現した、
自分にヒっジョーに厳しい練習に取り組み、
自分自身をいじめ抜いた末のその先の物語が描かれていた。

しかし、今の野球漫画は少し違う。

象徴的な言葉があったのでご紹介したい。

どうせ、俺に出来ることなんて限られている、
だったら、余計なことは考えないで、
ありったけの力をそこに込めてやるだけだ。

どうだろう。

この言葉は、自分に厳しいのとは少し違う。

自分に出来ることをよく理解した上で、
それに全力を注ぐことに集中する。

努力と根性さえあれば、
何でも乗り越えられると信じられてきた
昔とは、
明らかに違う。

そこには、
自分を理解し信じる心が備わっている。

こうでなければならない

この心はある意味自分勝手な考え方とも言えるのではないか?

何せ、こうでなければならない自分自身に、
いつだって追いついていないのだから。

それなら、
みんなのために自分に出来ることに、
全力を注ぐ方がよっぽど、
周りとの関わりを大事にし、
貢献心の強さを物語っているような気がする。

解決策は『自分に甘く』ではない。


わかっていると思うが、
『自分に厳しく』に対して『自分を甘やかす』ではない。

自分を大事に、
出来ることをする。

これが、
現代にマッチした考え方なんではないだろうか。

言葉遣いの変化からも感じるが、
思ったこと、感じたことはそのまま口にする、
それが今の特徴
とするならば。

『どうせ出来やしないけれど頑張る』

を、うまく変換してやれば、

出来ることは限られているから、出来ることをやる

という前向きな表現が出来る。

昔から言う、
自分に厳しく人に優しく。

は、ちょっとの間違えで、
自分を傷つけ、周囲の人を置き去りにする考え方だったのかもしれない。

少なくとも今では、
そのリスクを喰らう可能性の方が高い。

最後に

古き良き時代からは時は流れて、
人の心は穏やかに変化し、
真に人に優しい、自分を愛する考え方へとシフトした、
とも言えないだろうか。

そう考えると現代人程、
人に対して優しくなれる人種は他にいないとも言えるんじゃないか?

10年後、
例えばあなたの娘が成人する時に、
そんな風に自分を愛せる心が育っていたら、
こんな嬉しいことはないんではないだろうか。

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